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デジタルリテラシーは現代の「読み書きそろばん」デジタルに使われないために必要なこと [協議委員セッションレポート(5/11 RX社主催「NexTech Week2022春」)]
5月11日、東京ビッグサイトで行われた「NexTechWeek 2022 春」の基調講演で、「Society5.0へ向けたデジタル人材育成」と題し、デジタルリテラシー協議会の協議委員の3名によるパネルディスカッションを開催しました。
社会全体でDXが進む中、デジタル人材育成への取り組みが加速しようとしています。パネルディスカッションでは、産業界におけるデジタル人材育成加速への取り組みの最新動向について、3名の立場から活発に意見が交わされました。モデレーターはデジタルリテラシー協議会の事務局の小泉誠氏が務めました。
●登壇者紹介
-草野 隆史
デジタルリテラシー協議会 協議委員
データサイエンティスト協会 代表理事
-富田 達夫
デジタルリテラシー協議会 協議委員
独立行政法人情報処理推進機構 理事長
-松尾 豊
デジタルリテラシー協議会 協議委員
東京大学大学院工学系研究科 教授
日本ディープラーニング協会 理事長
-モデレーター 小泉 誠
デジタルリテラシー協議会 事務局
一般社団法人日本ディープラーニング協会 プロジェクトアドバイザー
慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究所研究員
デジタルリテラシーは現代の「読み書きそろばん」
パネルディスカッションの前に、モデレーターの小泉氏がデジタルリテラシー協議会について説明しました。
ーー小泉
デジタルリテラシー協議会ではデジタルリテラシーを「デジタル技術にアクセスし目的のために使う能力」と定義しています。デジタル人材が何人必要なのか?という議論もありますが我々としては「全員」に、「全体」を。と銘打ち、すべてのビジネスパーソンがデジタル人材になるべきだと考えています。
ーー小泉
DX実現のためには、デジタルを使う人材、創る人材の双方が必要です。弊協会では、すべてのビジネスパーソンが学ぶべきデジタルリテラシー領域を「Di-Lite(ディーライト)」として定義しています。もちろん種々の検定は用意していますが、それだけが重要というわけでもないので、順次追加を検討しています。多様なラーニングパスを描ける社会にしていきたいですね。
パネルディスカッションは、そもそもなぜ今デジタルリテラシーが重要なのか?という問いから始まりました。
ーー富田
難しい問いですが、デジタルリテラシーとは、ひとことでいえば昔でいう「読み書きそろばん」のようなものだと考えています。読み書きそろばんにあたるひとつとしてデジタルリテラシーがあると。そのような意味で「全員」に必要なスキルだと捉えています。
デジタルを使う人も、How Toの知識だけを身につければよいというわけではありません。デジタルではないと思っている仕事でも、デジタルを使わないということは今後はなくなっていく。ものごとを構造化して進めていくといったデジタルの考え方を、デジタルリテラシーを通して学んでいくことが、まさに新しい時代の読み書きそろばんとして重要になっていくのだと思っています。
ーー松尾
ここ10年から20年のグローバルな産業の発展をみると、インターネットを中心とする企業が大きくなりました。たとえばコロナ禍で日本はワクチンを結局作れませんでしたが、創薬の世界においても、競争力となるのはやはりデジタル活用なわけです。一見デジタルと関係ない領域でも、デジタルの競争力によって勝敗が決まるというのが顕著になりつつある。
デジタル活用とは、ひとことでいえば開発やユーザー理解といったプロセスなど、あらゆるもののスピードが速くなることです。それを実現するための力がデジタルリテラシーであり、狭義にはプログラミング、広義にはデータを扱う力やデジタルで事業を変革していく力などもスコープだと思います。
ーー草野
DXという言葉が使われるようになったのは、そもそもいわゆるインターネット企業がネットに閉じた世界の中だけでの成長に限界が見えてきた中で、ネットの世界からリアルに染み出してきたのが背景にあります。たとえば金融系のサービスをGAFAが始めたり、金融業界からすると自分たちが持ってないデータを持っている新たな競争相手が生まれたわけです。
そもそも、まずインターネットによって小売業や広告業の構造が大きく変わりました。これらはインターネットとの親和性が高い産業と言えます。そしてこの10年でスマートフォンの普及を通じて、リアル世界にデバイスがばらまかれ、さまざまなセンサーが高性能になり、高速なインターネットも行き渡りました。今や、あらゆる産業がデータ化し、すべてが分析可能な時代になりました。小売や広告業界以外でも、この状況に対応できなければ地位が奪われてしまう企業が増えている状況です。
この危機感を正しく認識し、何が打ち手として可能なのか構想する能力がデジタルリテラシーです。これを持ってないと、気づいたら業界での地位が奪われていた、なんて状況に陥る可能性もあるので、全員が持つべきだということで発信しています。また、危機認識だけでなく自社にさらなる可能性を感じてもらうためにも必要だと思っていますね。
Zoomを使える≠デジタルリテラシー。デジタルに「使われない」ための仕組みの理解
ーー富田
デジタルリテラシーと聞いて、自分は持っていると思っている人は多いですが、実際に持っている人は非常に少ないんじゃないかと思っています。たとえば会社の偉い人が自分はZoomを使って会議できるからデジタルリテラシーがある、とかいうわけです。それはデジタルリテラシーではないですね(笑)
最初に読み書きそろばんと申し上げた理由は、現代ではすべてが何らかのデジタルの恩恵を受けているなか、私たちはそこからできあがったものの上で生活しているという事実です。何かを食べようと配達を頼むときでさえ、そこには大きなデジタルが動いている。デジタルなしで生活できるのは通信の途絶えた無人島で生活するくらいのもので、そのようなケースを除けば基本的にはみんながデジタルの中にいます。しかし、その割には仕組みをまったく分かっていない人が多い。
ある程度の簡単なコンピューターの仕組みがわからなければ、完全にデジタルに「使われている」。お年寄りが詐欺にあうのと似ているかも知れませんが、ある程度のリテラシーがあれば間違いを起こす可能性は減ります。使われるのではなく、自ら使うことのできるものなんだ、と思うためには知識が必要です。今後企業が競争力をつけるには、すべてがデジタルに絡んでくる。自分の会社はデジタルに関係ないと思っていたとしても、自分の給料の振り込みでさえデジタルで動いていると認識することが、リテラシーを高めていく第一歩だと思います。
ーー松尾
富田さんの仰るとおり、「使われている」状態とは要するに、中の仕組みがまったく想像できない状態のことです。コンピューターがどう動いていて、プログラムがどう書かれているのか。基本的な原理がわかっているのが大事です。
それがわかれば、たとえばアプリを見たときに、こんな仕組みでできているんだろうな、と詳細じゃなくてもなんとなく推測がつく。一度も料理したことがない人はいないと思いますが、過去の体験からこういうふうに作っていると想像がつきますよね。普段使うものすべてに対してそういう感覚があると、これはすごい、これはいけてない、これはうちでも導入したほうがいい、と理解が深まり、議論ができます。その意味で富田さんのご意見には大変賛同しました。
ーー富田
今の高校生は情報の教科をすでに学んでいますよね。つまり、数年後にはデジタルを学問として学んだ人たちが社会に出てきます。一方、すでに企業で働いている人たちは、これまで体系立てて学んだケースが少なく、リテラシーが身についている人は多くありません。全員が学ぶ必要があると言っている理由は、裾野を広げていくために社会人のデジタル人材の育成が急務だからです。
一方で、デジタルリテラシーが普及すれば世界が変革されるかというとそうではありません。デジタルリテラシーに加えて、DXを推進していけるような人材も同時に育成する必要がある。そこの能力は読み書きそろばん的な勉強の積み上げではないので、別途議論が必要ですね。
ーー松尾
つまり、DXのXの部分が重要だということですね。DXのDはいわゆるリテラシーなので、勉強してもらえればいい。しかし、企業で「変化を起こす」ことについては、大変なことが多いです。社内にどう理解してもらうか、上司の理解がなくどうしたらいいのか。うまく周りを巻き込みながら変化を起こしていかなければいけません。DXのDとX双方のスキルが組み合わさる人材は大きな変化を起こせると思いますし、おそらくそのレベルの人材はどこに行ってもやっていけると思います。
ーー草野
デジタルリテラシーが行き届いた状態とは、あくまで変革への準備が整った状態なだけで、富田さんが仰るように十分ではありません。そもそもデジタル化していることが前提ですし、データも必要です。加えて、変革にはどれだけ経営がリスクを取ることができるかです。日本はこの四半世紀、諸外国に比較してIT投資を積極的にしてきませんでした。もっぱらコスト削減で、ROIがはっきりしているものだけ投資する、いわゆる「守りのIT投資」が主でした。
投資しても絶対に成果が出るとは限らないが、やってみたほうが事業の可能性が広がるような「攻めのIT投資」をやってこなかったのは、日本の他国に対しての明確な遅れです。また、新しいシステムを創るにはエンジニアなど、タレントと呼ばれる人たちが重要な役割を果たします。システム、経営者、タレントなどの要素が揃わないとDXのXまでたどり着かないと思いますね。
DX人材の3つの要素と経営者に求められるデジタルへの「腹落ち」
ーー松尾
個人的に、DXを進めていける人材の要件には3つの能力があると勝手に思っています。ひとつは「PDCAを回す力」。物事を構造化して解決できるということです。2つめは「デジタルの力」。これは3つに分解でき、ITシステム、データとAI、そしてWebです。3つめは「目的志向」で、これは何を目的としてこの作業をやっているのかを踏まえた上で決断できる、すべきでないことを捨てられる能力だとも言えます。日本では「これってやる必要ある?」みたいな仕事も多かったりするので、そもそも何でやっているのか?と問いかける力が大事になってきます。
また、2のデジタルの力は1のPDCAを回す力に影響を及ぼしています。インターネットの発達により、ABテストなどの試行錯誤が素早く大量にできるようになりました。仮説を立て試行錯誤していいものを見つけるプロセスも高速化しつつあるのが現代の人材の育ち方の特徴でもあります。もっとも、これは私の仮説でしかないので、今後議論を深めていきたいですね。
ーー草野
ベンチャーの経営者にはそうした人材を見かけますが、大企業となると途端に厳しくなる印象です。リーダーシップにおいては、そこが日本企業とGAFAの違いだと思っています。GAFAのような巨大IT企業はこの20〜30年で爆発的に大きくなったので、トップがITを理解したまま大きくなった。
日本でも、ITを理解した上でコミュニケーションを図り、導入のリーダーシップを取れるレベルでないと厳しいですね。報告書を見て全体を理解し、腹落ちしたうえで、詳細について自分はわからないが信頼できる部下に任せよう、となるには一定のレベルが必要です。そうでなければ、経営として下手をすれば会社が潰れるようなリスクを取る判断は下せません。その意味でリテラシーは重要です。
ーー富田
日本は現場力が強いと言われます。現場に任せておけばうまくいくだろう、という考え方の弊害として、システムが乱立して部分最適になり、企業内・企業間で連携が取れなくなるケースがある。事業部門Aのデータが事業部門Bで使えない、といったケースが起こるわけですね。経営者がこの部分最適をまずいと思わないことには、本当のDXは推進できません。特に大企業は本当に大変だと思います。トップが危機をきちんと認識できればトップダウンで指示していけるので、トップの理解にDXの命運がかかっています。
一方で、今から大企業のトップが一からデジタルリテラシーを勉強するのは難しい。ですから、少なくとも、デジタルを大まかにでも理解し、人に任せていけるレベルにはなってほしいと思います。
デジタル人材育成のために、まずは具体的にどうすべきか?
ーー草野
DXに加え、現在はSDGsやESGという切り口も重要です。大手企業と話していても、たとえば海外子会社まで含めた男女比を知りたい場合、手続きが多すぎて知れるまでに1ヶ月近くかかるケースもある一方で、グローバル企業ではすでにさまざまなデータがダッシュボード化されていて、ボタン一発でわかってしまう。SDGsやESG対応を進めていくうえで、このような企業内外の状況把握が素早く可能なシステムの存在は不可欠ですし、これができていない企業は取引すらしてもらえない時代が来ています。
SDGsやESGのトレンドは急に来たわけではありません。海外では10年以上前から盛り上がってきていて、ここ数年でそれがさらに加速している状況に対して、日本は遅れた分も含めて急速にキャッチアップする必要がある。そのためデジタルは不可欠で、経営がITと人材育成にちゃんと投資すべきです。
ーー松尾
システム投資や新規事業など、やることははっきりしていますし、だいたいのケースにおいては課題も共通しています。今は各社独立していろいろチャレンジされていますが、みなさん同じことに悩まれているケースが多いので、ぜひグッドプラクティスを共有していく文化になっていってほしいですね。「真似すればいいのができる」レベルが理想だと思います。そもそもDXという大変大きな課題を一企業だけで実現しようとするのが変だと思っているので、「こうすればいい」と統一する意味でデジタルリテラシー協議会をやらせていただいています。
ーー富田
スキルの部分においては、現在、経済産業省とIPAで「マナビDX(デラックス)」というサイトを作っているので、ぜひ参考にしてみてください。「まずはやってみよう」という気持ちになるのが一番大事です。みなさんに一歩踏み出していただけることが、日本を強くすることにつながると固く信じていますので、ぜひお願いします。