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DX実現のための人材育成 [協議委員セッションレポート(2022/10/26 RX社主催「NexTech Week2022秋」)]
社会全体でDXが進む中、デジタル人材育成の取り組みが加速している。その最新動向を伝えるべく、「Nex Tech Week2022秋」(2022年10月26日、幕張メッセ)において、基調講演「DX実現のための人材育成」にデジタルリテラシー協議会協議委員が登壇、最新動向を伝えた。
登壇者は、(一社)データサイエンティスト協会代表理事高橋隆史氏、(独)情報処理推進機構(IPA)理事長富田達夫氏、(一社)日本ディープラーニング協会理事長/東京大学大学院 工学系研究科 教授松尾豊氏、そして進行役のデジタルリテラシー協議会事務局 小泉誠氏の4名だ。
●登壇者紹介
-草野 隆史
デジタルリテラシー協議会 協議委員
データサイエンティスト協会 代表理事
-富田 達夫
デジタルリテラシー協議会 協議委員
独立行政法人情報処理推進機構 理事長
-松尾 豊
デジタルリテラシー協議会 協議委員
東京大学大学院工学系研究科 教授
日本ディープラーニング協会 理事長
-モデレーター 小泉 誠
デジタルリテラシー協議会 事務局
一般社団法人日本ディープラーニング協会 プロジェクトアドバイザー
慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究所研究員
デジタルリテラシー協議会が掲げる「全員に、全体を」
冒頭、小泉氏より、デジタルリテラシー協議会はIPA、日本ディープラーニング協会、データサイエンティスト協会の3つの団体が連携して協議会を設立し、これに経済産業省にオブザーバーに入る官民連携の会議体だと説明した。続いて小泉氏はデジタルリテラシーについて「デジタルにアクセスし目的のために活用する能力」と述べ、続けて小泉氏は、デジタルリテラシー協議会が推し進めるキーワードを会場に示した。
ーー小泉
デジタル人材が不足しているということは、どういうことか?あなたもしくは私はデジタル人材になるべき存在なのでしょうか?答えとしては「社会の全員がデジタル人材になるべきです」という意味で「全員に、全体を」としています。
まず「全員に、全体を」の「全員」について小泉氏が説明した。DX人材というとデジタルを「作る人」(プログラミングやコーディング、ソフトウェア制作などに従事)の育成が問題意識としても多かったが、その技術が段々とサービス化され、使えるシーンが増えてきたことにより、それを使いこなす方、「使う人」も非常に重要になる。
ーー小泉
「使う」というのは必ずしも企業に属している社員だけでなく、ひとりの市民、生活者も使う。この「使う」と「作る」と相互の関係で社会実装が進んでいくということ。使う領域、作る領域、こういったところ全てを含め全員にデジタルリテラシーが必要ということです。
では「全員に、全体を」の「全体」とは何か。小泉氏は、デジタルリテラシー協議会では、その全体とは何かを、IT・ソフトウェア、数理・データサイエンス、AI・ディープラーニングの3つの領域でとらえていると話した。この3つの領域が重なり合うところが、ビジネスパーソンが持つべきデジタルリテラシーとおおよそ定義する。
ーー小泉
この3つの知見の取得、学習習得のために「ITパスポート試験」(IPA)、「G検定」(日本ディープラーニング協会)、「データサイエンティスト検定リテラシーレベル」(日本データサイエンティスト協会)の取得をわれわれとしては推奨させていただいています。何を学んだら良いかという話を多様なラーニングパスから選択できるような社会を最終的に構築したいと思っていまして、どう学んだらいいのか、学んでどうするのか、どのような学び方をしたら良いのか、皆さんにとっての指針を出させていただきながら世の中に推進していきたい。
デジタル人材育成の最前線を語る
小泉氏から前回講演(Nex Tech Week)の振り返りがなされた後、パネルディスカッションがスタートする。ここでは改めてなぜ今デジタルリテラシーが重要なのかを話し合い、デジタル人材育成の最前線についての最新情報が語られる。まずはIPA富田理事長がマイクを取った。
富田氏は、前回講演でIT時代においてはデジタルリテラシーが、現代の“読み書きそろばん”であると話した。しかし、誰もがスマホを使っているが、その仕組みがわかっている人は少ない。企業で働く人は必ずパソコンを使って仕事をするが、みんなデジタルリテラシーがあるかというと必ずしもそうではないと続けた。
ーー富田
“読み書きそろばん”の数学や国語にはすごく長い歴史があって、教育課程もきっちりできています。ところが残念ながらこのデジタルリテラシーに関しては、いきなりみんなが使い始めてしまった。そういう意味で「使う人」も含め、デジタルリテラシーの教育について、私たちのこのような活動があるのかな、ということを強く感じています。
富田氏は、ここ3年ぐらいIPAの「ITパスポート試験」の受験者に変化が見られると語った。ITと直接関係のない企業に勤務する人の受験数が急速なスピードで上がっているという。
ーー富田
DXを推進していくためには、単にIT企業から人を獲得してくるのではなく、自分たちの事業の仕組みをわかった人がデジタルリテラシーを身に付けていくことによって、ITベンダーと一緒になって自分たちのDXを推進していくことができるとわかり始めた。そういう意味で企業が大きく教育に舵を切ってきていると思っています。そんな背景があって、デジタルリテラシーの重要さが今改めて脚光を浴びていると私は思っています。
富田氏の発言を受け、小泉氏は経営者でもある高橋氏に、DX人材育成がうまくいっている企業の例をたずねた。
ーー高橋
そうですね。うまくいっているところはトップの理解がすごくあるということ。経営層の人が「デジタルを活用するのは現場の仕事だ」といった認識ではなくて、自分たちも変わっていかなくてはいけないということの重要性を理解して、組織の上の方から変わっていく傾向があると思います。
DXの重要性を理解して、思い切ったアクションをと十分な投資を行っている企業がうまくいっており、現場任せだと限度があると高橋氏は続ける。
ーー高橋
現場任せだと、現場の裁量の中でやれるチャレンジとか、その人の裁量権の中で取り組みが閉じてしまうのでなかなか横に伝播しない。DX部門みたいなものを作り「DXはその部署の仕事ね、俺たちには関係ない」と周りが線を引いてしまうケースもあります。「会社全体のテーマだ。課題なんだよ」とやるのが大事です。
高橋氏が支援する大企業でも、DXの学習機会などを提供すると、当初の予定より多くの参加者が来るという。従業員にも「変わらなきゃ」という気持ちがあり、その最初の一歩の部分を会社が後押しすると大きく進むので、思い切って投資していただきたいと高橋氏は話した。続けて小泉氏は、トップが持つべきデジタルリテラシーを高橋氏に聞いた。
ーー高橋
最低でも自社のビジネスがディスラプトされる危機感を、自分のこととして捉えられるレベルまでは持っておくべきです。自社のビジネス領域においてデジタルで何が可能になるのかということに関して、肌感覚として持っておく必要があるという認識を持っています。
高橋氏の発言を受けて、小泉氏はかつて勤務していたリクルート社の経験を話した。
ーー小泉
今の(リクルート社の)トップは(新しいことについて)何ができるか自分で見に行くんですよね。そして自分で理解するんです。すごい勉強していたとかじゃなくて、リテラシーを身に付けたっていうことだなと思うのです。それが今おっしゃった話とつながるなと。
次いで松尾氏がマイクを取り、デジタルによって企業活動全般のスピードが速くなり(ハイサイクル)、マーケットの変化に対応できるようになり、ユーザーの趣味嗜好を速く察知して、適したものを提供できるなどいろんないい面が出てきたと話した。
ーー松尾
そのために、ITパスポート試験をたくさんの人が受けるようになってきている。それからデータですよね。データサイエンティスト協会さんのデータサイエンティスト検定リテラシーレベル。これも非常に評判が高い。あとはディープラーニング協会のG検定は5万人、E資格の方も5千人以上の合格者が出て、着々と人数が増えてきていると思います。これに加えてWebやサービス開発アプリ、そういった辺りのリテラシーが非常に重要なんだと思います。セキュリティ関係など、まだたくさんありますけども、大まかに言うと今お話したようなことが中心になってくると思います。
重要キーワードとデジタルリテラシーとの関係性
次に、現在重要とされているキーワードを切り口にデジタルリテラシーの必要性などを語り合うセッションがスタートした。
まず「社会人のリスキリング/学校の教育改革」について富田氏がマイクを取り、データリテラシーを「全体に、全員に」というテーマで考えれば、やはり学校教育から変わっていくことが大事だと語った。IPAは小学生を対象にセキュリティ分野のコンクールを毎年開催しており、標語を作ってもらっているが、その標語の雰囲気が近年変わっていると続けた。
ーー富田
数年前までは、先生から「セキュリティは大事だよ」と言われたから「セキュリティが大事」と書くような、リアリティがない標語がいっぱいあったんです。ところがギガスクール構想で1人1台パソコンを持つようになると、リアリティのある標語が出てくるようになりました。
今、大学でもディープラーニングとかデータサイエンスを含めたIT教育をやっていこうとしています。高専においてはもう全員が受ける。大学でも情報学部でないところでも必修化できないかと今議論されています。
数年後、このような学生たちが卒業し、確実に企業に入ってくる。そのために「社会人のリスキリングもより重要性を増す」と富田氏は会場に呼びかける。
ーー富田
デジタルの世界ってどんどん技術が新しくなっていきますから、新しい技術を社会人にリスキリングしていくことが必要になってくる。まずはITパスポート試験、G検定、データサイエンティスト検定リテラシーレベルもありますし、情報処理技術者試験ももう少し難しいのもあります。これだけクラウドが当たり前になってくると、いろんなパッケージもある。必ずしも作らなくても、組み合わせて行くとこんなことができる、というように自分の仕事の周りのことを考えられるようになります。そういうことのためにリスキリングは重要です。
続けて高橋氏は「キーワードという意味では一番は円安とインフレでは」と話し、その背景は賃金を上げられてないことと続けた。
ーー高橋
デジタルリテラシー向上でやらなくてはいけないのは、生産性を上げていくこと。ただデジタルのツールで従来の作業をトレースしていくだけではなく、それぞれ現場でデジタルを活用して、生産性を上げること。それができている国と、そうでない国とで差ができている。本当に国民一人ひとりがそこのリテラシーを身に付けて、生産性を上げていかないといけません。生産性を上がってないところで賃金なんか上げようがないので。本当に「円安怖いね、インフレ怖いね」じゃなくて、「だから勉強するんだ」「リスキリングするんだ」って方向に気運を高めていかないといけないでしょう。
続いて松尾氏は自分の専門領域にデジタルを学ぶことを掛ける意義についてわかりやすく解説した。
ーー松尾
何事も一人前になるには1万時間ぐらいやらないといけないと言われる。ところがAIとかデータサイエンスは、例えば15時間ぐらいの講義、演習も含めて30時間ぐらいやると、ある程度わかった気がしますし、その後150時間ぐらい実戦でやると「お、俺、結構できるよ」っていう一人前の顔をしてるんですよね(笑)。
そこから先ですね。もちろん研究者やエンジニアとして一流になっていくには、まさに1万時間の法則で大変なんですけど、ひとまずできるっていうレベルにいくのは、すごい速いんですよね。そうすると自分の専門性がですね、1万時間掛けるとすると、そこに200時間付け加えるだけですね、掛け算になるわけです。これってめちゃくちゃお得ですよね(笑)。非常にコスト対効果が高いのでみんな受けた方がいいということだし、一人一人がそれに取り組んでいくことによって、企業としてもそうした体質に変わっていきますから、新しい事業をどんどん作り出していけるようになると。
ーー小泉
めちゃめちゃいいですねそれ! 1人の人間の時間投資先としては。
ーー松尾
自分の専門領域と掛け算っていうのはすごくチャンスが大きいと思います。
ーー小泉
その流れで「人的資本経営」っていうキーワードに皆さんが感じるポイントなんか少しお話しいただけたらなと思うんですけど。
ーー高橋
政府が「人的資本経営」と言い始めたのは、世界の比較して日本企業が社員に十分な投資、教育費などをかけてないからです。掛け算の話もそうで、皆さんビジネスに関しては現場には詳しいわけだから、そこにデジタルリテラシーが加わることで、グッと生産性が上がるとかアイデアが浮かぶっていうシチュエーションはたくさんある。
ーー松尾
高橋さんや僕などは「デジタルを使えばいいよね」ということに自信満々なわけです。なぜかというと、個人としてデジタルを活用し、何かうまくいったっていう成功体験があるからです。これを組織でやったらもっとすごいことが起こるはずだっていう確信があるからですね。
個人の成功体験があり、それを組織に転化していこうというのがDXの自然な姿だと思います。ところが、今の日本企業では経営者に個人的な原体験がないという中で、DXをしなきゃいけない。「エンジニアを雇わないといけないのかな」とか「事業計画は?」とか考えるのですけど、これは原体験がなくて自信がないので上滑りしてしまうところがあると思っています。だから個人として小さくてもいいので、何か成功体験を得てもらうことがすごく大事なんじゃないかと。
ーー小泉
DXの本質はそこにありということですね。さっき松尾先生がおっしゃった通り、時間の投資としてこんなに割の良いものはないじゃないかと。組織がDXで変わるには個人の中での成功体験を持っている、(特に)トップが持っていると非常に有効だと。
これらの意見に対して富田氏は、人的資本という観点で考えると、今までIT、デジタルの世界は、「何人月」という頭数で判断してきたと知見を示した。また企業でも、ローテーションで万遍なくいろんな部署を回ることが企業の出世コースだと言われてきた。それに対し、もっとエキスパート、一人ひとりの個性を生かす経営ということがすごく大事だと続けた。
ーー富田
実はみんなITを勉強し始めると、少しずつ得意分野が変わってくるんです。そういう人をうまく組み合わせて経営していく。彼はこれを勉強して、このような領域が得意ですみたいな、ちゃんとデータベースができて経営をしていくようなる。それが本当の意味での人的資本経営になっていくんじゃないかと感じていました。
小泉氏はその他のキーワードについて、高橋氏に意見を求めた。高橋氏はESGについて、基本的に自社の現状を開示することから始めると思うと話し、「今、日本企業が苦戦しているのは、そもそも現状がどんな状況なのかよくわからないことから来るのでは」と私見を述べた。
ーー高橋
やはりITインフラを整えることが重要で、そこが整っていないと現状すらわからないという話なんですよね。そして、情報の共有のためにもリテラシーはすごく必要です。今、現状をちゃんと把握し開示していくことが最低限の社会的な責任として問われます。その上で、そこからの改善に繋げていく。社会的存在として責任を果たす上でも、もうデジタルリテラシーは不可欠な要因になっています。
ーー小泉
リアルタイムに即時に何かを把握して経営をしていくというのは、とても大事なこと。攻めのところ以外のこともやっていかないと、企業は社会的責任を果たしていけないというのは、デジタルを考える上で重要なことですね。
さらにデジタル教育への投資を
基調講演の最後に、小泉氏は「個人が変わることで(社会や企業が)変わる可能性の伸びしろがすごくあること」「時間の投資先としてはデジタルリテラシーを学ぶことは素晴らしいこと」など感想を述べた後、登壇者に一言ずつメッセージを求めた。
ーー松尾
デジタルスキルのリスキリングによる人材育成は、日本の中でも非常に重要なトピックになっていて、国も今後大きなリソースを割くようになっていますし、企業レベルで見ても非常に重要なテーマです。ここにいる皆さんはデジタル人材育成等に関わられている方も多いでしょうから、ぜひですね。この領域を盛り上げていきたいですし、日本のレベルを全体として上げていきたい。皆さんと一緒に頑張っていければと思います。
ーー富田
従業員に対してどれだけ教育に投資できるかっていうのは(企業の勝ち負けを決める)大きなキーのひとつだと思います。そういう要素も社会人のリスキリングは企業として取り組んでいってほしいと思います。それから企業の上層部にぜひ皆さんが提案してほしいし、勉強してほしい。時間はいっぱいあります。よく考えてみるとつまらない時間いっぱい過ごしていますから(笑)、ぜひ勉強に時間を割いていただければ。皆さん一人ひとりが世の中を変えていきます。
ーー高橋
学生に「どんな会社に行けばいいんですか」と聞かれた時、ITを本気でやってないところは行かない方がいいとアドバイスしています(笑)、学生や子どもは減って行くので、やはりその人たちに選ばれる会社でなくてはならないと思います。今、高校教育も大学教育も変わり、本当にみんな希望を持ってデータサイエンスとかを勉強しています。彼らが活躍できる土壌を整え待ってあげようと思っているので、そうなるためにも、一人ひとりが学んで変わっていくことが大事と改めて思いました。
定刻となり、講演は終了。満員の会場から惜しみない拍手が登壇者に送られた。